浄土宗の法要① ~節分会(せつぶんえ)~

住職三分法話62            
令和7年2月1日

浄土宗の法要① ~節分会(せつぶんえ)

今回からは10回に渡り浄土宗の寺院で行われる法要・行事についてお伝えいたします。第1回目の今回は浄土宗や仏教寺院に限らず多くの神社でも毎年行われている節分会(せつぶんえ)についてお話いたします。
節分とは季節を分けるという意味で、本来は立春、立夏、立秋、立冬の全てを節分と言いますが、いつからか節分といえば「立春」を指すようになりました。日本では節分は600年ほど前から行われている行事で、豆まきをして邪気や魔物(鬼)を払い、福を願い「鬼は外、福は内」と唱えることが古来より行われています。近年では一部の地方限定の風習だった恵方巻を食べることも全国的な節分の風習となっています。いずれにしても節分は悪いものを追い出し、福を招くことを願う行事であることは古来より共通の節分会の目的です。
そしてこの節分で払う「鬼」とは病気や怪我や人間関係など悪い出来事を指すことが一般的ですが、仏教において「鬼」とは自分自身の心の中にある、煩悩、むさぼり、怠け心、怒りなどを総じて「鬼」ととらえます。この心の中に住みついている「鬼」は豆まきをして退治できるほど簡単ではないことは言うまでもありませんが、大事なことは、自分の心には常に「鬼」(煩悩)が住みついていることを自覚し、その「鬼」に心を支配されないよう努力(精進)することです。その決意をすることが仏教においての節分会の一番の目的です。さらに浄土宗において「鬼」を退治する一番の方法は「なむあみだぶつ」とお念仏を称えることです。「なむあみだぶつ」と称えている時、煩悩は消えているはずです。ただし私たちの心の「鬼」(煩悩)は一時的に消えてもすぐにまた現れるものです。
だから常にお念仏と共の暮らしが大事だと法然上人は仰せです。
節分会では豆まきをして「鬼は外、福は内」と唱えると同様に「なむあみだぶつ」と称え、心の「鬼」を退治し福を招く信仰を持った生活をする誓いを改めてしたいと思います。

合掌「なむあみだぶつ」