法然上人御遺訓『一枚起請文』④

住職三分法話76                  令和8年4月1日

法然上人御遺訓(ごゆいくん)一枚(いちまい)起請文(きしょうもん)』④

前回からの続きとして『一枚起請文』の内容の解説の3回目をお伝えいたします。

原文
ただし三心・四修と申すことの候は、皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちにこもり候なり。

意訳
ただし(さん)(じん)(し)(しゅ)ということがありますが、それらは「必ず南無阿弥陀仏とお念仏を称えることによって極楽浄土に往生できる」と信じてお念仏を称える中で育ち、自然と備わってくるものです。

この箇所を読む度、法然上人が当時の弟子達や後世の浄土宗の教えを受ける者達への不安や疑問を想像し、「大丈夫ですよ。ただ一向にお念仏を称えてください」という慈悲の想いを書いてくださったと感じます。
特に浄土宗の教えを受ける者がお念仏を称える時の心構えと信仰生活の理想となる『三心』や『四修』という教えを考え過ぎてしまうことがありますが、そのような事は「ただひたすら念仏を称える中で備わるものです」とのお言葉は、未だにお念仏を称える中で心が散乱してしまう私自身、有難い救いとなっています。下記の通り『三心』と『四修』は

『三心』・・・念仏を申す者の心のすえ方

1. 至誠心(しじょうしん)・・誠の心。真実心。
2. 深心(じんしん)・・深く阿弥陀仏の救いを信じ、自身を深く見つめる心
3. 回向発願心(えこうほつがんじん) ・・極楽往生を願う心

『四修』・・・念仏生活のあり方。

1. 恭敬修(くぎょうしゅ) ・・阿弥陀仏及び仏教を(うやま)う念仏生活
2. 無余修(むよしゅ) ・・浄土宗の教え以外の事を行わない念仏生活
3. 無間修(むけんじゅ) ・・隙間のなく称える念仏生活
4. 長時修(ちょうじしゅ) ・・上記三項目を一生続ける念仏生活

と難解かつ実践するのが難しい事ですが、凡夫である私は法然上人のお言葉をそのままに、「極楽浄土に救われますように」と願い、これからもただ一向に「なむあみだぶつ」と称え続けていこうと思っています。     合掌「なむあみだぶつ」