法然上人御遺訓『一枚起請文』⑤

住職三分法話77                  令和8年5月1日

法然上人御遺訓(ごゆいくん)一枚(いちまい)起請文(きしょうもん)』⑤

前回からの続きとして『一枚起請文』の内容の解説の4回目をお伝えいたします。

原文
この外に奥深きことを存ぜば、二尊のあわれみに外れ、本願にもれ候べし。

意訳
この他に奥の深いことを〔私、法然が〕心に秘めているとすれば、釈尊と阿弥陀仏の慈悲から外れ、本願の救いから漏れて地獄に落ちてしまうでしょう。

この箇所で法然上人は、お釈迦様(釈尊)と阿弥陀様(阿弥陀仏)に対し、私の示すことに隠し事や嘘偽りがあったならば私は地獄に落ちてもかまいません。という『起請』※をされています。この箇所が『一枚起請文』という題名がつけられた理由となる箇所です。
法然上人がこの一枚起請文を書かれたのは鎌倉時代です。当時はそれまでの奈良仏教や真言宗や天台宗という厳しく難しい仏教の教えが主流であり、法然上人が示す『「なむあみだぶつ」と称えるだけで阿弥陀様が極楽浄土に救ってくれる』という浄土宗の教えはあまりにも簡単で功徳の大きな教えであり、旧来の仏教の考えからはかけ離れていて疑いの思いを抱く人も多くいました。
だからこそ法然上人は「いや違う。もし私がこれ以上奥深い何かを知っていて、皆さんに伝えないというのであれば、お釈迦様や阿弥陀様に私が見放され地獄に落ちても構いません!」とご自身の命と後生の命もかけて浄土宗の教えが正しいと誓ってくださいました。
法然上人がここまでの誓いをされたのは浄土宗の教えが阿弥陀様側の約束である『本願』※に基づいているからです。

阿弥陀様、お釈迦様、法然上人の教え(約束)を信じてこれからもただ一向に「なむあみだぶつ」。             合掌

※仏様(神様)に対し内容に反した場合、罰を受けると誓う事
※極楽浄土に救われたいと願いお念仏を称える者を、必ず救うという阿弥陀仏の誓い(誓願)