住職三分法話⑨

『死の時を想う』

 

自分が死を迎える時、どのような場面なのか?どのような感覚か?どのように往きたいか?
そのようなことを想像したことがあると思います。
私は正直に言うと死ぬのは怖いです。しかしその時が来た時には阿弥陀仏が迎えに来てくれ
て一緒にお迎えに来てくれた観音菩薩の持つ蓮の花に包まれて極楽浄土へ往かせていただけ
るという、楽しみに似た想像もしています。
「なむあみだぶつ」と念仏を称えて生活をしているのはその時に向かって進んでいるという
感覚もあります。
そんな私がお手本にしたい法然上人のお弟子さんをご紹介させていただきます。

甘糟忠綱(あまかすただつな)という鎌倉時代に活躍した武士です。
甘糟忠綱は武蔵国(現在の埼玉県)の武士で 建仁三年(1203年)比叡山延暦寺の暴徒化し
た僧兵の鎮圧のため出兵することになります。その合戦の直前に京都の法然上人を訪ねます。
忠綱は自分は今までも多くの人を殺めてきた罪人だから後生は地獄行きとなることは間違い
ない。しかしその恐怖が消えず、なんとか極楽へ救われたいと願い必死の思いで法然上人の
元を訪ね、次のように訴えます。
「私は、武士の家に生まれ戦(いくさ)を生業(なりわい)としてきました。しかし後生の地
獄行きが恐ろしくてたまりません。その思いから今、武士を辞め出家したならば、末代まで
臆病者と呼ばれるでしょう。何とか、武士である己と家の名誉も捨てる事無く、極楽へ救わ
れる道はないのでしょうか!」

その質問に法然上人が静かに答えます。
「阿弥陀様の救いというは、その人の善行や悪行のみを見て救う人を選ぶ事は無いですよ。
時も場所も縁も関係なく、罪人なら罪人のまま、武士ならば武士のまま阿弥陀様どうか救っ
てくださいと一心に「なむあみだぶつ」と称えたならば極楽へ往生は叶えられます。武家に
生まれた宿命ならば、そのままの姿で、たとえ命を失う事になっても、念仏を称え阿弥陀様
の救いを一心に信じ念仏を称えるならば、必ず極楽へ往生することでしょう」
忠綱は自分のような者は絶対に地獄行きだと思っていましたので、法然上人のその言葉に心
底救われ涙しました。その時、法然上人は念仏の信者の証として一枚の袈裟を忠綱に渡しま
す。忠綱は鎧の下に、その袈裟を着け、後生の心配は無く、晴れ晴れとした気持ちで合戦に
挑みました。比叡山での合戦は壮絶を極め、忠綱は重傷を負い「もはや、これまで!」と覚
悟を決め、立ち止まり刀を捨て合掌し、声高々に「なむあみだぶつ!」と念仏を称え、その
身を敵に任せて往生を遂げました。その姿は武士としても念仏の信者としても見事な最期で
した。

自分の生まれや過去や現在の状況を受け入れ、その身のままで一心に阿弥陀様の救いを信じ、
忠綱のように極楽への往生を確信し心穏やかに最期の時を迎えたいものです。
日々穏やかに済まないことは多いこの世の中、今日も心が乱れながらもその身のままで
「なむあみだぶつ」。
同称十念